点々

そぞろごと Reviews + Opinions

「リヴィエラを撃て」 高村薫

おおお、おもしろかったー!

ここ数ヶ月で高村薫さんの作品をいくつか読んで来ました。今まで読んだものは事件の解明よりもそこに関わる人間の心理に迫るものが多く、読んでいて苦しくもあり、しかしだからこそ胸をぎゅっとつかまれるような言葉があって、読み終わった後も物語から抜けられないような余韻の深さが印象的です。人間描写の緻密さは同じくありながらも「リヴィエラを撃て」は今までと少し印象が異なり、事件を追うことを目的として読めました。読者にとっては真相を知りたくてページをめくり続けるような、疾走感のある物語。全編を通して亡霊のように存在する「リヴィエラ」、美しい男と女たち、臨場感あるアイルランドの風景とブラームスの描写、スポットライトが当たっては死んで行きどんどん入れ替わる主人公たち、そしてその最後のバトンを受け取った日本の手島。引き込まれる要素がたくさん散りばめられていますが、わずかな希望を除けば登場人物たちには救いも逃げ道も用意されておらず、結末は重苦しいものでした。

 

多くの人を巻き込みながら自身の命をかけて「リヴィエラ」を追ったシンクレアダーラム候、ケリー、そしてジャック。しかし追っていた、いや追わされていたものはまやかしであり、彼らは国家間を蠢く私利私欲にまみれた輩たちの描いた絵の中で闘っていたに過ぎなかった。スパイやテロリストとして生きてしまった彼らは駒としての人生を受け入れることしか許されず、真実や正義の追求を求めた途端終わる定の生涯でした。読後感の重さは、国益という大義名分に隠れた私欲のために簡単に消される命の軽さがとてもせつなく、やるせなかったためでしょうか。

 

合田シリーズでも警察組織への絶望のようなものが描かれていますが、今回手島も同じくいやそれ以上に大きく傷つき絶望し、日本人というアイデンティティすら手放してしまう原因となりました。エンディングの日本の国家組織の有り様には熱さも正義もなく、これまた国益という皮を被った日和見主義に感じられました。まあ、国家機関とは感情を抑えながら何かを維持してゆくのが仕事なのでしょうけども。手島に関しては、疑問と矛盾を抱えて警察組織で働いてきた14年間であり、どのみちそのひずみが表層化する時期にさしかかっていたのでしょう。だからきっとこの大事件に巻き込まれなくても人生の選択を迫れられていたのであろうと想像します。それにしても、妻が強い。女の鏡です。

 

イギリス、中国、アメリカを跨いだ秘密の鍵となるのが日本人の「リヴィエラ」。大国の陰謀うずまく裏の世界で、一体日本人がこんなにキーマンとなることがあるのか?と、若干違和感を覚えながら読み進めましたが、最後まで読んで納得のストーリーでした。読み終わった今、気になるのはリトル・ジャックの将来。そして妄想キャスティングがわたしの頭の中でものすごい勢いで進んでいます・・・。

 

リヴィエラを撃て〈上〉 (新潮文庫)

リヴィエラを撃て〈下〉  新潮文庫