点々

そぞろごと Reviews + Opinions

十二国記「白銀の墟 玄の月」3、4巻

読みました・・発売日に。やるべきこともほっぽって。

読後の感想としては・・「おもしろかったー!」です。でした。いや満足なんです。あのつらく苦しい物語にハッピーエンドが(一応)あったと知れただけで、うれしいのです。でも‥本音を言えば喜び大爆発なシーンをむしゃむしゃと食べたかった。素手で、顔をよごしながらむしゃむしゃと!

とりあえず、感想をつらつらと書き留めておきます。

 

1、2巻を読み終わったとき、私は作者が私たち読者が泰麒と驍宗の熱い邂逅を待ちわびていることを重々承知した上で、あえてそこをスルーするのではないかという気がしていました。十二国記最後の長編ということもあり、戴国を舞台に天とは何なのかを問う物語が展開されるのではないか。そのためには、泰麒と驍宗の再集結は重要ではなく、泰麒は困窮する戴の民のために淡々と驍宗に別れを告げ次の王を探すストーリーが待っているのでは・・・と。今作を黄昏の続きと考えると、どうしても陽子や李斎が天に疑問を抱いたことが発端になっていた気がしてしまったのです。

 

しかし!蓋を開けて読み終えてみれば、天帝システムの中でもがき苦しみ、それでも足掻く人間による人間のための人間くさい物語でした。終盤、李斎は天帝システムに相変わらずむかついているけれど、受け入れたような描写もありましたし。今作は「王は驍宗」という事実は不変で、そのために大勢の人が動き、死ぬ。それでも志を決して曲げず捨てず、まさに命がけでやり抜いた人たちの物話でした。使令不在の泰麒に至っては、驍宗を救うため、血に酔う麒麟の性さえ乗り越え、兵士を自ら切り捨てて見せました。そんな麒麟、見たことがありません。血の匂いがするだけでプルプルしてしまう景麒を懐かしく思い出してしまいます。私は1巻の表紙の泰麒を見たとき、「困窮する戴の民を救うため、なんとしても驍宗様をお探しします」という覚悟の表情だと思っていました。しかし囚われた正頼のところに向かう途中、殺傷を恐れる自分を叱咤するため「先生」と泰麒がつぶやいたとき、ああこの人は置き去りにした広瀬先生や蓬莱での大量の死をも忘れず背負ってここにいるのだなと、胸にくるものがありました。引き返せない。あれだけのことを引き起こしてしまったのだから、前を向くしかないのだと。

 

そして阿選よ。あなたの動機なんて個人的なの。その地点で自ら負けを踏んでしまったことを認めて欲しかったですが、引き返せなかったのでしょう。これをダークサイドに堕ちたというのか、ホメロスしたというのか。そう考えると、行きすぎた知的好奇心の持ち主、琅燦の罪深さよ。天を知りたかったという理由のためだけに阿選を利用した、自分の欲求だけに忠実な未発達な心の持ち主。他者を認めて敬う心はあるけれど、見かけの通り未熟だったのか、単に違う道理で動いていたからなのか。黄朱だから天や王や麒麟に頓着しないとは言うけれど、頑丘にはもっと心があったし、それは言い訳にはならないような気がします。やはり彼女自身の問題なんだ。しかし捕らえて罰したところで彼女は理解できないのでしょう。知りたいことが知れてよかった、悔いはない、くらいの感覚でしょうか。最後、泰麒は彼女を見逃しましたが、ぜひ今後は戴を旅していただき、自らの行いが引き起こした民の困窮や傀儡にした人々の家族との触れ合いをしていただきたい。そこで人間らしさを学び、心が成長して彼女が傷つくことがあるのなら、それこそが罰となるのではないのかなという気がします。

 

それにしても阿選です。彼の苛立ちや絶望はわかります。だって人間だもの。結局人間だったんだもの。神仙にはなれないレベルの人間だったんだもの。彼の悩みは普遍的でくだらなく、現代の蓬莱に生きる我々にとっても身近な話で、日曜9時のTBS企業ドラマに出てきそうでさえあります。しかし考えるに、結局は自分でなんとかできた感情だったのではないかなと思うのです。それを御せないくらい阿選が小物だったのか、驍宗が神々しかったのか。せめて驍宗と酒を酌み交わし、うっかり酔っ払って罵詈雑言恨み辛みを吐き出すくらいの気概があれば、こんなことにはならなかったのではないのか。驍宗さまはそんな挑発には乗らないけれど、きっと失望はしなかったはず。それに物語の中でも言っていたとおり、驍宗は阿選を認めていたし、それどころか己の行動のモチベーションにもなっていたのに、残念な結果です。対話の重要性、そして恥を乗り越えることの重要性をまざまざと見せつけられました。

 

だからこそ、今作の終盤で驍宗の発言が少ないことがとても残念でした。泰麒と会話するところもしっかり描いてほしかったし、なにより阿選と対話してほしかった。武力で阿選を打つのではなく、対話で器の違いを見せつけて阿選の心を徹底的に折って欲しかった。4巻の途中、ようやく希望が見えてきたところで「えっ、もうあとちょっとしかページ残ってないけど!?」と思ったときの予想通り、最後の気持ち良い部分がとても駆け足で詰め込まれてしまって残念です。花影と李斎の再会だって喜ばしいはずなのに、花影とかいいから驍宗と泰麒を!!って思いましたよ。そんなに急ぐのなら江州の城に引くのではなくて、白圭宮でカタをつけてほしかったなあ。ヒーローものよろしく驍宗をみんなで救出し、泰麒が転変し民衆がざわついたところに傲濫が帰還して兵士動けず、そこに神々しいまでの驍宗さまが脂汗プルプルの阿選に語りかけ、玉座に帰還する・・みたいなべたべたな展開でもいい・・!カタルシスを味わいたかった・・!作者としてはそこはもうわかりきったことでしょう、ということなのかもしれないけど・・・楽しかったけど!うれしかったけど!夢中で読んで満足感に満たされてはいるけれど!恐れ多くも申し上げれば、ちょっと消化不良です。もっとください。江州城に引くのであれば、やはり5巻がほしかった。今からでもいい、ほしいのです。どんなに冗長でもいい、驍宗がこの7年を経てどんな変化があったのかをゆっくりと描いて欲しかった。英章の人と成りももう少し知りたかったし、せっかく遠路遥々やってきた延王と延麒ももっとしっかり描いて欲しかった。それに泰麒や驍宗が傲濫をどんなふうに使うのかも見てみたかった‥。あの後、驍宗と泰麒はどんな関係性を築いてゆくのだろう。完璧でよく出来た王だが、猛烈で急ぎすぎるというところがやわらかくなり、強さが表に出た泰麒と合わさるとバランスの良い二人になったのかしらと予想はできるけれど、もっと泰麒と対話をさせてどんな国造りをしてゆくのか、教えて欲しかったです。驍宗さま、泰然としすぎてあまり心の内を語らなかったから、なんか本当にそこにいらしたのだろうかという読後感でさえあります。

 

今でも4巻で終わらせるなら江州に行かない展開はなかったのだろうかと思わずにはいられないけれど、この物語で一番涙が出てしまったのは4巻p395、まさにその江州に向かう描写のところです。

「幡の下には薄墨の一文字、ーー鄷都が創った墨幟の幡だ。」

社会的地位が高いわけでも、武勇に優れていたわけでもない鄷都がしたことが、このクライマックスに王の道を作っていることにとても胸が熱くなりました。死んでしまったことはとても悲しかったけれど、去思とともに名もなき民が名だたる武人たちを大きく支えたこと、国を救うんだというあまりにも大きな思いを遂げるのに社会的地位は関係ないのだとさえ思わせてくれて、とても勇気づけられました。今回はとにかく寒く困窮する戴の世界を描くことにページを割かれていたように感じます。暖かい王宮の中ばかり描かれながら「寒さと飢えで○○万人の民が死んだ」と言われても実感が湧かないけれど、1〜2巻の長く重苦しい話があったからこそ、実感できたものも多かったのかな。だからこそのごほうびが300ページくらい読みたかったのですけれども!!短編に期待します。

 

最後に、嬰児の顔がにゅっと出る鳩、こわかった。今後、鳩を見る目が変わるような気がしています。

 

白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

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白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)

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