点々

そぞろごと Reviews + Opinions

「黄金を抱いて翔べ」 高村薫

高村薫氏のデビュー作とのことだし、1巻完結だし、エンターテイメント小説という売りの言葉でワクワクしながら読み始めました・・がしかしなんだかぼやっと読み進めてしまい、さして共感を抱く登場人物も見つけされぬまま終了。これは内容云々ではなく、単純に我が家でインフルエンザの大嵐が吹いているせいと思われます。私以外の家族メンバーはすでにA型にやられ沈没。私もインフルエンザ感染の予感がする頭を抱え、節々が痛いと悶絶しながら真っ赤な顔をして眠る子供を腹の上に乗せながら読んだため、残念ながら物語に入り込むことができませんでした。今でも身体中がぞわぞわするし、非常にもったいないことをした。読む本はその時のコンディションを考慮して選ばないといけません。

 

とは言っても完読したので感想を絞り出してみる。この小説は今まで読んだ高村作品と同じく事件が主人公のサスペンスものではないようです。作中なぜ犯罪を企てるのかという説明も特になく、人生に行き詰まった鬱々とした人々が出口を求めて進む旅路を描いた物語という印象でした。主人公幸田については人柄がつかめないままでしたが、なんでか周りの男たちを惹きつけている。人のいない土地を夢見るくらいですから、今にもいなくなってしまいそうで放っておけないと周りに思わせる男なのか。最後に北川が言った「やっと訪ねてきてくれた」にホッとした響きがあるのはそういう理由でしょうか。北川はその時をずっと待っていたのかな。それにしても高村作品は最後の数ページがおもしろい。事件の謎解きを描く小説だったらこれから!というところで終わるので、登場人物たちのその後に想いを馳せてしまいます。今回も、シンガポールで女をはべらせる未来が待っているであろう野田は置いといて、幸田と北川はどこへ行くのだろうと想像してしまいます。フィリピンあたりで学生時代のようにビジネスを起こしたりするのでしょうか。北川と幸田は裏社会で活躍し、野田は表の世界で成功する未来があったりするのかな。そして3人で20年後くらいに再会したりするとか・・。すると春樹は?・・・妄想してしまいます。

映画も観てみよう。

 

それにしてもこれが高村氏デビュー作。あとがきを読むに、日本の小説を読み込んで賞がとれる傾向と対策をスタディしていたわけでもなく(フランス文学専攻とのことですし、海外小説や古典はたくさん読んでいたそうですが)、子供の頃から物書きになることを目指して練習していたわけでもない。約10年貿易会社で働いていた人がワープロを買ったから何か書かないと損という理由だけである時突然表現を吐き出した。その結果として生まれた物語がこのクオリティと思うととても刺激を受けます。機械や工場など男臭い対象物のリアリズム描写がよく知られている高村薫さんは女性ですが、インタビューで知るところによると子供の頃は人形遊びよりも戦艦大和のプラモデルが好きな女の子だったそうです。何かになりたいと考えた時、それそのものに関連した専門書を読んだり講座に通って練習することよりも、色々なことに興味を持ってつぶさに観察してきた財産を持っていること、その重要さを感じずにはいられません。

 

 

黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)