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「李歐」 高村薫

高村薫さんの作品を読んでみたいと思い情報を求めてネット上をウロウロしていた時、多くの方が勧めていたのがこの「李歐」でした。年末年始の賑々しい(騒々しい)中読んだので、銃や工場の詳細を明確に理解する深さでは読めませんでしたが、嗚呼このすばらしき大河ロマン哉。読了後めくるめく長い旅をしたようなロマンチックな気分になりました。物語の軸となる李歐と一彰の関係性もさることながら、やはり桜の幽玄なイメージが大きく寄与していると思われます。満州、大阪、東京、シカゴ、香港、そして大陸という言葉。地理的にも時間軸にも広がりがあり、まだ見ぬ土地か人生か人間の夢か、何か果てしないものを想像させられました。

 

それから李歐という人間の魅力よ。美貌に加えて大事を成しそうなカリスマティックな雰囲気、優雅な所作に美しい北京語を話し、くらくらするような魅力的な台詞を吐く。彼の艶艶語録はたくさんありましたが、一番心に残ったのは「幽霊」の章にある「まずは五千本の桜であんたを大陸に迎えたいと思う。」です。提示していることのスケールの大きさ、意志の力に行動力、そして五千本の桜に価する親愛の情が感じられるこの台詞。一彰を現実からはるか遠く大きな夢の世界に誘ってくれるこの言葉は、とても魅力的に感じました。

 

それにしても長い時間軸からすれば一彰と李歐の交流は一瞬。15年もの間、その一瞬を忘れ去ることなくよすがとしてきた二人。夢があって、ロマンがあって、素敵です。この出会いが自分の人生を決めてしまうほど衝撃的なものであったとしても、一瞬で芽生えた感情を15年先まで繋ぐことって現実世界でも可能なのでしょうか。矮小な例えになりますが、旅先で衝撃的な出会いがあり、数日の内にまるで数年分の恋をしたような濃密な経験をすることがあります。例えまた会おうと約束しても、運命だと囁いても、それはあくまで非日常における出来事で、いざ日常に戻れば忘れてしまうのが世の常人の常。感情は簡単に生まれるけれど、継続することこそ難しい、と私は思います。そもそも人の心は燃え上がった感情を維持できるものなのか。それとも忘れられないほど素晴らしい感情的な出来事は本当に起こりうることなのか。はたまたそう考える私が単につまらない人間なのか、そういった経験に欠けたままここまできてしまっただけなのか。否、どんな人にも秘めた物語のひとつやふたつあって、胸に熾火を抱えながら人生を進めているのか。そう考えると世界はロマンに溢れているなあ。

 

この「李歐」も映像化されているようですが、読みながら李歐と一彰はどんな姿をしているのか想像せずにはいられません。一彰はなかなか妄想が形にならなかったのですが、私の李歐のイメージはデザイナーのアレクサンダー・ワンです。

 

李歐 (講談社文庫)