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「冷血」 高村薫

世間的には成功者の両親と優秀な子供たち。夢も目標も金もある地元の名家。家庭の中ではそれぞれが問題を抱え綻びながらも取り繕う術も知っている、人目には幸せな家族。そんな一家の日常を描き、彼らの人生にまだまだ続きがあることをたっぷり予感させたところで唐突な「理由なき犯行」によって四人の命が奪われる衝撃。全く落ち度のない一家に対して、悪としか言いようのない二人の犯人。その時湧いた衝動なのか、その場のノリか相手に対するメンツか、見えない何かに対する怯えか自覚せず抱えてきた劣等感なのか、他者には理解できない犯行理由を刑事たちが丁寧に綿密に忠実に追ってゆく物語、と解釈しました。犯人たちの心を覗いてみれば事件を起こすに足る理由があったと納得させられるわけでもなく、だからといって「それが人間というものだ」といった結論もない。かといってモヤモヤした未消化な気持ちが残るわけでもない、そんな読後感でした。

 

この事件は考えすぎない人間にはわかりやすい事件に見えます。一つ一つの事件の裏に人間があり扱っているのは命であるという視点にこだわりすぎなければ、犯人たちを裁くために事件を解釈する作業はいくらでも落とし所がつくれそうです。しかしそこは思索する刑事合田さんの登場です。答えを求めても掴みきれない戸田と井上の物語に接しているうちに、ある種の共感を感じていたように見えました。人間としての有り様というか人間の種類というか、同じ枠組みの中にいる人間とみなして興味を持っているようにも思えました。合田が警察組織には抱いていない何がしかの共通項、もしくは共通言語を持っているというような感覚。社会的なくくりではなく出自でもなく、三者共に社会に対して観察者であるというようなことでしょうか。そして嗜好として文学的であり知性が高いということも。その証拠に戸田を前にして今まで見たことないほど合田さん喋る、喋る、雄弁に喋り続けるのです。

 

では彼らとの交流を通じて合田は何がしたかったんだろう。「人の生き死について考えるときに、なんとなくという答えはあり得ないと思うだけだ」と言っていることからも、今作の彼は命や死の意味にこだわっています。そしてそれが戸田と井上に対する彼の行動のモチベーションになっているように見えます。許されざる罪を犯したにしろ、死刑に向かって人の命が粛々と消費されることへの疑問に対する答えをみつけたかったんだろうか。合田は戸田に忘れ去られるのではなく異物として誰かの心に残ることを勧めていました。それはすなわち誰かの心に留め置かれることで永遠に罪を負うということなのだろうか。それともそうすることが結果的に被害者遺族に対しての贖罪となりうるということなのだろうか。それとももはや許されることのない生だけれど、せめて人間の尊厳を持って死ぬことを許されるべきだということなのでしょうか。難しい。論点をどこに持って理解しようと努めればいいのか、難しい。

 

合田刑事は40代半ばになった今でも青臭い人としての正義や尊厳にこだわっているように見えるし、だからこそ警察にも善意はあるという一縷の望みにかけて真実を記録しておこうとしている。組織の一員として仕事を全うする術を身につけた大人だけれど、まだ完全な組織人にはなり切っていない。井上曰く合田さんは「ねずみ色に変色しつつある水色か草色」の「年を食った学生」だそうな。(ちなみに白いスニーカーは白いレザースニーカーに変わっており、もはやうっかり関西弁もない。)それにしても井上の物言いい、おもしろいなあ。「頭が水虫になりそうです」とか気分が伝わる。

 

毎回高村薫氏の作品は最終章にあるなにがしかの台詞に心を持って行かれることが多いのですが、今回もっとも胸を掴まれたのは戸田の最後の手紙にあった、「子供を二人も殺した私ですが、生きよ、生きよという声が聞こえるのです」という文章でした。誰からも気にかけられず救いのない人生だった戸田が「トーク・トゥ・ハー」を観たいという理由を見つけて生きたいと言う。とてもせつなく、やるせない。その映画を観るために生きたいという気持ちも合田との関わりによって生まれたのだろうし、「マークスの山」でも感じたことだけど孤独や社会への嫌悪を理由にそれこそダークサイドに堕ちる人たちに対して悔やまれるのは、もし罪を犯す前に誰かと良い関わりを持てていたら失われる被害者の命はなかったのだろうか、ということです。それとも罪を犯し自分の死に直面したからこそ生まれた「生きたい」だったのだろうか。考えるも、戸田や井上からすれば幸せな世界でのほほんと暮らす私のような人間にはついぞわからない感情なのでしょうか。安易な共感は不快につながるけれど、孤独な人間を理解できるのは孤独を知る人だけなのか。不幸な人間に歩み寄ることを許されるのは、不幸な体験をした者だけなのか。

 

合田刑事は「人はなにがしかの才能を持って生まれてくる」と戸田に書いて送っていましたが、二人の才能はなんだろう。表面的な楽しさや享楽にはさほど興味がないようで、達観した物言いだったり人とは全く違う視点だったり物事を描写する言葉だったりに長けている。戸田も井上も語彙力や表現力があります。だからこそ、悲しい。この物語を読んだ後の気持ちは湿って重たいものでしたが、瑣末で陳腐な感想を勇気を持って書いてしまうと、子供が誰かから気にかけられ愛された実感を以って育つことの重要さを実感した次第です。犯人の視点から事件が深堀されていた「冷血」。タイトルには色々な意味が込められているのでしょうが、 被害者や近しい者の視点でこの物語を思った時、まさに血がさっと冷える感じがします。

 

冷血(上)

冷血(下)